2005年03月29日

理由の8割は寝不足

前回に書いた、病院でもらった薬のアレジオンとセレスタミン。
これを併用して飲んだら一日中強烈な眠気が。

一日3〜4時間しか寝ていないからってのもあるけど、
座ったとたんに意識が飛んで仕事にならない。
席に着いたまま、ガックンガックン船を漕いでいたら、
先輩社員が俺の後ろで操り人形を動かす真似を始めました。
どうやら、週間少年サンデー連載中「からくりサーカス」のしろがね気取りのようです。

どうしよう。
俺がシロガネーゼだということがバレてしまった。
なんていうの?
この全身から漂うふいんき?(←なぜか変換できない)
小学校の図工の時間に使っていてたのはハリガネではなく、シロガネ(白銀)みたいな?
ポートピア連続殺人事件で”ひらた”が自殺した場所を中1まで”あみだがね”だと思っていたみたいな?(正しくは、あみだがみね)


今まで隠していたのに!
ベッドの下は言わずもがな、
タンスの一番下の引き出しを外して、
その隙間に隠すくらいの用心深さを示していたのに!

もう明日から会社に来れない(小躍りしながら)

という夢を見た。会社で。

そして、夜中は元気みたいな<早く寝ろ
残業のせいでナチュラルハイみたいな。ハイというか、灰みたいな。
事件を会議室で起こしちゃうぞ☆みたいな。
posted by ジュンヤ at 01:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 存在の証明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月24日

ドラクエ3とクソゲー3本

フレックスを使って、病院で花粉症の治療を受けてから出社することに。
どれいにだって、時差通勤をする権利は残されているようです。
そういえば、つい数日前にJRの社員たちがストライキをしていました。
おかげでその日は会社を遅刻しそうになったので、
駅員の横を通るときに「ボール」と呟いたら舌打ちされました。何をっ!

病院到着。

 満
  員
   御
    礼
     ○| ̄|_

これ以上居座ると会社を遅刻してしまうギリギリの時間まで居座って、
諦めて処方箋の作成だけ依頼して病院を後にする。
薬は後で家の人に取ってきてもらおう。
(家の人に言われるイヤミより、クシャミの方がよっぽど耐えられません)

それにしてもあれだ。
この病院、明らかに俺のことを診る気がない。
シーズン初めて病院に行ったときのこと。

医者:「どうしました?」
俺:「花粉症です」
医者:「そうですか」

シーン・・・。

ええと、沈黙はこの際よしとしよう、沈黙は。
だけど、お医者様の机の上に俺のカルテが見えないのはスギ花粉の仕業ですか?

医者:「花粉症はね、うんたらかんたら何たらかんたら俺:「先生、それ去年も聞きました(嘘です。本当はおととしも聞いた。去年と同じ薬をください」

先生、明らかに機嫌悪そう。

花粉症持ちが一生トラウマになる、とてもじゃないが人様には見せられない治療を終え、
処方箋の受け取りのために待合室で待つこと数分。
例の医者に別室に呼び出される。
さっきの復讐か?

ヤブ医者:「ええと、去年渡した薬って何だっけ?」

半分ふてくされながら、セレスタミンとベコナーゼ、もしくはフルナーゼであることを告げる。
併せて、アレジオンは全く聞かないのでいらないこと、
ザジデンも残りがあるのでいらないことも告げる。
ついでに、この病院がお先真っ暗であることも告げかけてやめる。


そんなやり取りがあったなと思い出しつつ病院を後にする。
ぶっちゃけ、花粉症に限って言えば、欲しいのは善良な医者ではなく、
処方箋を書いてくれる人です。
だから途中経過なんてどうでもいい。
俺が指定した薬の処方箋さえもらえれば、ヤブだろうがドブだろうが構わないんです。

仕事が終わり、久々に友人スガツ(仮名)と飲んで帰宅。
どうやら、家の人が無事に薬をもらってきた模様。
これでクシャミは止まりますが、イヤミはたぶんこれから始まります。
アニマルセラピーって何ですか?

望み通りのブツが入っているか、薬袋の中を確認。
中に入っていたのは、セレスタミンとフルナーゼとアレジオン。
セレスタミンとフルナーゼとアレジオン
ちょっと前にいらないと言ったばかりなのに、もう忘れられている。
これが噂の抱合せ販売か!(違います)

※ この医者は確かに実在します。
鼻の穴のことを「鼻メド」と発言する医者は。
東京都花粉の多い区あたりに。
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2005年03月21日

落穂拾い

僕の部屋には、高校時代の現国の教科書からブッちぎった一編の小説がある。
小山清という作家をご存知だろうか。

僕は教科書に載っている小難しく書かれた評論や、大して面白くもない小説が嫌いだった。
かと言って、本を読むのが嫌いだったわけではない。
人並みには本を読んでいたと思う。
教科書に載っている当り障りのない文章が大嫌いだったのだ。

高校3年の時に、授業で「落穂拾い」という短編私小説を扱った。
当時の僕には、現国の授業は不足していた睡眠を補うか、ジャンプやマガジンを読むためだけに存在していた。
そんなわけで、当然のことながら授業などは聞いているはずもなく、僕がこの小説に目を通したのは、本当にふとした気まぐれからであった。

これは面白い小説だ。というと語弊があるかもしれない。
小説の内容は、「僕」の日常、懐古、芋屋のお婆さんのこと、古本屋の少女との触れ合いについて。
何のことはない、ごく普通の平凡な日常が書いてあるだけである。
テキストサイトがこれだけ氾濫している今では、きっとその渦に埋もれてしまい掘り出されもしないだろう。
しかしそれでも、何か気になる小説なのだ。
文章全体を漂っている優しい雰囲気、そして――孤独感。

読み終わった後、僕は定期試験用に買っておいた教科書ガイド(教科書の解説―試験の答え―が載っている)を机の引き出しから取り出した。
この小説の全てを理解したいという衝動に駆られたからだ。
何度も何度もこの小説を読み直し、何本も何本も気になるところにラインを引いた。

僕はその小説の虜になった。
高校を卒業しても、教科書から該当個所を切り離して保存し、機会あるごとに読み返した。
そして、いつの間にかそれはどこかにいってしまい、僕もその存在を忘れていた。

先ほど、部屋の掃除をしていたら、隅っこの方からその小説(切り抜き)が出てきた。
この文章は、それを再読し終えた衝動から書いている。
小山清という人物は、生前に5冊の本しか出していないらしいが、この本は間違いなく後世に残る名作だと僕は思う。

もし、この小説を目にする機会があったならば、ぜひ一度読んでみてほしい。
「癒し」や「安らぎ」を得る手段は、何もハーブアロマだけではないのだ。
posted by ジュンヤ at 01:26| Comment(4) | TrackBack(1) | 今夜はRead it | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ウォーターボーイズ」レビュー

ストーリー : 唯野男子高校水泳部は廃部寸前。
唯一の部員である3年生の鈴木は美人の顧問教師の提案で、シンクロナイズドイスミングに挑戦するハメになる。
文化祭での発表を目指し、鈴木は、はみ出し者4人を集め、夏休みを返上して特訓を積むが……。
Yahoo!ムービーより)



正直、この映画について事前にほとんど調べていなかったので、大して期待していなかった。
ほぼ予備知識ナシで見てきた感想。
開始直後、学芸会を思わせるような演技の下手さにイラつく。
主役・脇役含めて、高校生達のオールセリフ棒読みはいかがなものか。
しかし、それを補って余りあるこの映画の”味”にだんだんと引き込まれていく。
竹中直人がいい感じ。真鍋かおりはもっといい感じ。

ところどころに小ネタが利いていて、けっこうニヤニヤしながら映画を見ていたと思う。
笑わせどころは本当にバカバカしい笑わせ方なのだが、素直に笑える。
テンポの良さゆえんだろうか。
特に、序盤にアフロヘアーだった高校生役(名前知りません)が、ものすごくインパクトに残っている。
ああ、クラスにこういう奴いた!という感じ。
高校の頃、こんなバカなことやってたなぁという感慨にふけった。
何というか、あの時だけに存在していた一体感というか。

ただ、クライマックスの後、一気に終了という感じだったので、ちょっと消化不良だったのも事実。
最後にエピローグというか後日談みたいなものがあればもっと良かったのかもしれない。
ネタバレ(見た人用)→特に、主人公がシンクロをやることを、恋人が知っていたことについての後日談が欲しかった。まぁ、最初の方に伏線があったような気はしたが。
シンクロを披露するシーンは、僕が高校生だった頃に体育祭でやった、有志の応援団のイベントを思い出させた。

僕らは観衆の前でいかに自分が目立つか、連日連夜、無い知恵を絞って語りあっていた。
天啓のように突如アイデアが閃き、がむしゃらにその練習を繰り返す。
そして、それが観衆に受け入れられたときの快感。
一から十まで自分らで決めて、それを成し遂げたときの感動。
映画を見ながらそれを思い出し、身体の芯が熱くなった。

毎日大声でバカやって、叫びまわっていたあの日々。
ちょっとのことにも大笑いして、友人達と溜まりあっていたあの日々。
誰よりも目立ちたくて、でもそれが恥ずかしいときもあって、そんな思いが行ったり来たりしていたあの日々。

こんな高校生活をもう一度送ってみたいと思わせる映画だった。
posted by ジュンヤ at 01:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画盛衰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野島伸司 スワンレイク

本書 帯より:
黄色いレインコートをまとい、猟奇殺人を繰り返す「五人」の若者。
彼らを追い詰めた刑事がつかんだ驚愕の真相。
捕らえられた犯人と女精神科医との不可思議な精神鑑定から浮かび上がる、究極の愛の形とは―。





読後感を一言で言うと、果てしなく救いのない小説。
ただし、ストーリーは面白くぐいぐいと引き込まれていく。
様々な人物の視点で書かれそれぞれに交錯する思惑、随所に出てくるママンの謎、
先の読めない展開、――そして、野島伸司らしい破綻的なラスト。

この小説のテーマは究極の愛だそうだ。
だが、帯に記載されている本文からの引用、それがこの小説のすべてだと僕は勝手に思っている。

「本来、社会とは個々人の持つ情緒レベルによってその世界の居住区を決定すべきなんだ。
人種でも宗教でも知能レベルでもない。感受性や情緒レベルによってね。
争う人は争いの国で奪い合い、殺しあうがいい。
嘘をつく人は嘘の国に、自意識の強い人はブラウン管に閉じ込めて鏡の国に住むがいい。
(中略)同じ花を見つめて、美しいと感じるレベルがあまりにも違う人間が混在して居住することに人類の悲劇がある。」


思想としてはかなり危険だが、別の意味での選民思想―選ばれるのではなく選り分けて分類する―として興味深い。

現在の宗教事情。
相反する思想が、今現在なお続く重く悲しい紛争を引き起こしている。
そして、現在の宗教紛争の原因はほぼ100%「攻撃的な情緒」からきていると思う。
世界を見渡せば、他信仰を認められずに攻撃する人は本当に少数しかいない(と信じたい)。
そういった「攻撃的な情緒」を持った人間のみを収集・隔離してしまえば世界はもう少し平和になるのかもしれない。

多様化する価値観、ますます増加する少年犯罪、内面に様々な問題を抱えた「普通」の人達。
宗教だけでなくあらゆる面で、異なった感受性や情緒レベルごとに強制的な居住区を設けて他に対する一切の干渉を禁じてしまう。
いっそのこと、そうした方が世の中は暮らしやすくなるのではとすら思えてしまった。
実際に小説では、登場人物の誰一人として異なった「国」の人と幸せな結末を迎えることができていない。
しかし、この思想の行き着く最終駅は「逆ナチス」であり、現在の信仰・思想の自由と相反する。
そういったジレンマが、野島伸司にこのような救いのない小説を書かせたのかもしれない。
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吉田修一 「water」

休日の昼下がり、僕は近所のプールで一時間ほど泳いできた。
日ごろの運動不足解消のためという理由もあったが、
実はそれ以外にも僕をプールに向かわせた要因がある。
吉田修一「最後の息子」所収の作品、『Water』だ。

高校時代、僕は水泳部だった。正確にいうと、水泳部だった時期があった。
「時期があった」というのは、途中で部活に行かなくなってしまったからだ。
練習について行けなくてやめたわけではない。でも確かに練習は地獄だった。

夏前のまだ肌寒い時期から冷たい水のプールに入れられ、
暑くなったらなったで毎日毎日バカみたいに泳がされる日々。
プールにいる間は、常に息切れの酸素不足状態。
「空気のような存在」という表現があるが、
当時の僕は空気のありがたさ、呼吸ができる喜びを正に身体で感じ取っていた。
そんな毎日でも、高校一年のころはけっこうマジメに部活に参加していたのだ。
むしろ、そんな状況を楽しんでいたのかもしれない。

しかし、一年の夏が終わり先輩達が部活を引退してしまうと(僕らの水泳部は二年の夏で引退なのだ)、
もともと険悪だった何人かの部員との関係がさらに悪化してきた。
僕は僕で、外の世界にある様々なものに興味の対象が移り始めていった。
要するに、遊びたかったわけだ。
そんなわけで、僕はだんだんと部活に参加しなくなっていった。

『Water』は、長崎にある高校の男子水泳部員の物語である。
毎日毎日水泳に明け暮れ、全国大会に出場すること、
0.1秒でも自己ベストタイムを上げることばかりを考えている四人――凌雲、浩介、圭一郎、拓次。
彼らは、部活のないときには各々の家に集まり、
大会のこと、恋愛のこと、将来のことなどを語り合う。
クーラーの風は体を鈍くしてタイムが落ちるから嫌い。
目標はただ一つ。県大会でベストタイムを出し、ライバル校に勝利すること。
あまりにも健全すぎる高校生である。
登場人物達は目標に向かっている中でいろいろな事件にあい、
その度に苦悩しつつも、ついに県大会当日を迎える……。

非常にカラッとした小説である。
真夏の灼熱の太陽の下でそよ風を受けている、そんなイメージ。
作中には何度か、個々の力では解決が困難な非常に重たい場面が登場する。
にもかかわらず、作品全体に暗い印象が残らないのは、
作中に現れる高校生達の明るさ、にじみ出る将来への希望、それらのおかげではないだろうか。
彼らはそれぞれに思い、悩み、そして腹の底から笑い合う。
その明るさに、我々読者自身も知らぬ間に元気付けられていく。そんな気がする。

この物語では、張られていた複線は一切解明されない。
ラストでさえ、どうなったのかという明確な表現はない。
隠喩でわずかに示されるだけだ。
だが僕はそれでいいと思っている。
明確にされないその分だけ、頭の中でのイメージは無限に広がる。
僕の頭の中では、中途半端ではあったけれども当時僕がやっていた部活動の記憶とリンクされ、
その光景が鮮明に浮かび上がっていた。

水しぶき、歓声、そして照り付ける太陽。

恥ずかしくもほろ苦かった時代がこの小説には閉じ込められている。
posted by ジュンヤ at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 今夜はRead it | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

文系論

けっこう昔、ある本に次のように書いてありました(マーフィーの法則系の本だったと記憶)。

「理系は100行を1行にする。
文系は1行を100行にする。」

僕はこれを見たとき、心の底からうなずきました。
その通りです。
理系のことは分かりませんが(僕はは文系)、
文系の人間にはメールなどの文章が長くなる傾向があると思います。

ある種の文系の人間には、
自分の伝達内容(表現したいもの・メッセージ)が相手に伝わらないことが恐怖で仕方がないのです。
だから、それを確実に伝えたいがために、おのずと文章が長くなっていきます。
伝えたいことが100%正確には伝わらない絶望。
それを少しでも避けようとして、天文学的に増えていく補足的説明の文字の羅列。
長くなった文章の結果、
一番伝えたかったことがぼやけてしまい、相手に伝わらないという悪循環。
それを避けようとして、さらに長くなる文章。無限ループ・・・。
僕は、この傾向は親和欲求の高い人ほど現れると勝手に思っています。

著名人にも、1行を100行にする人がいます。
いや、1コマを100行にすると言った方が正しいかもしれません。
「Bバージン」や「アガペイズ」、「NG」などを描いた漫画家の山田玲司。彼が文系かどうかは知りませんが。
彼は自分のマンガでのメッセージやテーマについて、
これでもかとばかりに単行本巻中に書き連ねます。
「言いたいことはきちんと伝わってるから、単行本でグダグダと書くのはどうだろう」と、
僕は常々心の中で思っていました。
その一方で、作者からのメッセージが嬉しかったりもしましたが。
でも、彼にしてみれば、
身を削って生み出した作品メッセージがきちんと伝わっているかどうか不安だったのでしょう。
彼曰く、「メッセージは3%(当時の消費税分)、あとの97%はすべてエンターテイメントにする」
(Bバージン15巻)だそうなので、作中ではよっぽど語り足りなかったのでしょう。
言いたいことのほとんどを抑えていたのではないかと思います。
その反動が、単行本巻中にどっと出たのでしょう。

ともかく、
「理系は100行を1行にする。
文系は1行を100行にする。」

この法則は、人間の真理をついていると思います。
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2005年03月13日

キーボード打つのもダルビッシュ

メッチャ忙しかった期間に、(意味もなく)ブログタイトルを変えようとしていました。

「スパゲッティ・コード(※)
〜インスタントに使い捨てられていく文章たち〜」

※ 継ぎはぎだらけでゴチャゴチャになったプログラミングコードの意。
修正が困難なプログラムを、複雑に絡み合ったスパゲッティに例えた言葉。

でも、忙しさの波が収まったらそんな気も起きなくなっていました。
不思議ですね。
現在、燃え尽き症候群中。
何にもやる気がありません。
地元の友達と飲みに行くことだけが生きがい。ダメまっしぐら。

今なら猪木に気合のビンタを張られても、
そのままぐうたら寝っころがっている自信がある。

馬鹿になれ。
寝っころがれ。

もう一つのサイト名候補(だったもの。しかも、選考の時点でボツ)。
「玉音放送」
posted by ジュンヤ at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 存在の証明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月12日

石田衣良 「池袋ウェストゲートパーク」

以前にドラマ化されたことで知っている人も多いだろう。
池袋を舞台にしたストリート小説。

1997年、僕は高校生だった。
そこらへんに溢れていた普通の高校生。
バイトもすれば酒も飲み、ちょびっとだけ悪いことにも興味を持っていた普通の高校生。
頭の片隅には常に女のことがインプットされていて、
西に飲み会があれば這いずり回ってでも参加し、
東にナンパできそうなターゲットがいれば全速力で追いかけ回していた。
些細なことで団結し、些細なことで離散する変な集団。

「ちょっと悪いこと」がカッコ良く見え、
そのせいで大変なしっぺ返しを喰らったりする生活。
優等生なわけもなく、かと言ってしこたまに悪いわけでもない、
単なるしょっぱいだけのただの「ガキ」。

「池袋ウェストゲートパーク」の登場人物は、そんな平々凡々なキャラクター達――ではない。
主要な登場人物は、ギャングであり、ヤクザであり、風俗嬢。
日々血みどろな抗争が繰り広げられる平凡とはかけ離れた世界、それが本編の舞台なのだ。

ブクロには当時それほど馴染みがあったわけではない。
だがそれでもなお、僕には当時の状況をありありと思い出すことが出来た。
サンシャイン通りでナンパに励み、
ナンパコロシアム西口公園でからまれ、
カラオケ代金が足りなくて店からダッシュで逃げたりしていた頃。
かたわらには常に、確かに平凡ではない世界の匂いを感じていた。

カラーギャング、援助交際、ドラッグ、ナンパ、
当時のブクロの時代背景を見事に書ききっている。傑作。
posted by ジュンヤ at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 今夜はRead it | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月10日

OLACLE Slave(どれい)

とある資格を取ろうとかなと昼休みに呟いたら、
「そんなヘタレた資格を取ったの申請したら怒られるよ」
と言われたジュンヤです。

「○○の資格取りました。ホメてホメて!」
明日から来なくていいよ

あー、言われてみたい(今月の労働時間を振り返りながら)。

ちなみに、ヘタレと言われた資格でも俺にとっては高嶺の花ですから。
資格名を暗号で言うと、オラが来ると仲間(フェロー)も来る感じの資格。クリリンのことかあぁー!!!

どこが暗号ですか。試験の問題文が暗号です<何を問われているのかすらわからない
posted by ジュンヤ at 03:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 存在の証明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月01日

忙しいのは花粉のせい。花糞。過粉。カノン。

忙しさ自慢させてください。

最近の忙しさを自慢げに語ります。
自慢げのイントネーションをわざと変えながら
(箸 → 橋。 自慢げ → 自×××)、
意気揚々と語ります。

平日はだいたい21時半から23時半くらいまで仕事しています。
その後に、地元に戻り友人の家に直行します。
そこで結婚式二次会に関する打ち合わせをしたり、
ふしぎなおどりの練習をしたりしています。
んで、気がつくとだいたい24時半から25時過ぎ。

家に帰って、打ち合わせをした資料を作ったりなんやかんやで、
寝るのが夜中の3時とか3時半。
土曜はさすがに自分の時間にして(じゃないと狂犬どもがケンカするので)、
日曜はまた朝から晩まで買出しやら打ち合わせやらでケンケンガクガク。

こりゃ、死ぬってなもんですよ。
体の弱さに関しては、トップブリーダーも推奨済みなわけですよ。
エロゲーとかやらないんで噂でしか知らないのですが、
カノンとかいう病弱ゲームに俺を出すべきだと思うんですよ。
ガンダムも良くわからないから、背中に鉄砲背負ったロボットを病弱にして、
ガンカノンとか言って遊べばいいと思うんですよ。

そして、追い討ちをかけるようにスギ花粉。
まぁ、世の中には、
地震・雷・火事・花粉と言う言葉がありまして。
おしべとめしべが合体して受粉という言葉がありまして。
要は、僕らは裸子植物のリアルセックスを見せ付けられているわけです。
捕まえてしまえ。
猥褻物陳列罪でスギの木一本残らず捕まえてしまえ。

なにげに、Yahooの花粉情報を見たら、
スギ花粉の飛散量「非常に多い」の上に「猛烈に多い」ってのが登場していました。
去年までそんな表記は見当たらなかったのですが。
あれですか、多い日も安心ってやつですか。
毎日が危険日ですか。

(というか、モーレツという言葉、まだあったんだ。
ア太郎とかモンローくらいでしか聞いたことなかった。)

そんなわけで、今日もセレスタミンを飲んで床につくわけです。
終わってみれば、全然忙しさ自慢じゃなかったという日記。

あ、忙しさの原因は、2次会の司会、幹事、フォトアルバムショー作成だけでなく、
当人に内緒でサプライズ系のイベントをいくつか仕込んでいるからです。
あとは、氣志團
披露宴で、氣志團の『結婚闘魂行進曲「マブダチ」』を
振り付けつきでやることになっています。
これが曲者で、リズム感のないジモター(地元友達の意)たちにとっては、
オウムの空中浮遊以上の苦行。
きっと今は、自由に空も飛べるはず。

ていうか、普通は一人がここまで抱え込まないらしい。
引き受けちゃった昔の俺をグーでパンチしたい。

そんなわけで、今日もこうして夜がふけていくわけです。
「終わってみれば」とか言っておいて、実はまだ終わっていなかったという日記。

ちなみに、セレスタミンの半分はステロイドでできています。
遠くの健康より近くの快適。
※ 適正に使えば大丈夫らしいです。俺が医者に騙されていなければ。
posted by ジュンヤ at 02:42| Comment(0) | TrackBack(1) | 存在の証明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする