2005年05月12日

あくまでも小説。良くも悪くもフィクション

それは一通の電子メールから始まった。

「退職しました。一足先に巣立ったあなたは今、
どんなことをして毎日を過ごしていますか?」

善太郎宛てに届いた、かつての同僚女性からのメール。
懐かしい同僚からの連絡に、善太郎は心を躍らせ返事を書いた。
自分の近況、やりたいこと、目指しているもの。これらを簡単に記す。
そして、末尾にはこう書き加えた。「今度、飲もうよ」。

善太郎は人よりも少々猜疑心の強い人間である。
その一方で、心の底では性善説に傾倒しており、
常に人を信じたいという気持ちを持っていた。
その時の”心調”の良し悪しで、善太郎の猜疑心の強さは大きく上下した。

一週間ほどして、善太郎の携帯にその同僚から連絡が入った。
「久々だし、お茶でもしようよ。」
善太郎は二つ返事で快諾し、待ち合わせ時間、
場所などの詳細は後日決めることとした。

そして、後日。
善太郎は再び同僚と連絡を取った。
その時に出た同僚の会話が、善太郎の世界を凍りつかせる。
時が止まり、周囲の音はかき消え、善太郎の頭は超高速で回転し始める。

「ああ、またか……。」
善太郎はは顔の皮をひん剥きたい衝動に駆られた。
目のくぼみに指を突っ込み、そのまま顔全体の肉といい皮といい
一切合切を引き剥がしたいという衝動。

善太郎には、電話越しの相手の様子が手に取るように分かった。
「あのね……、そのね……」というしどろもどろした言葉。
そして、それに続く言い出しにくそうな沈黙。
「あのね、私さ、メイク関係の仕事がしたいって言ったでしょ。」
言い出しにくいというよりは、
まだ言い慣れていないといった方が正解か。
「明日さ、男性向け化粧品のお試し会があるんだけど、
良かったら一緒に行かない?」

善太郎は、既にとっぷりと日の落ちた夜空を見上げ、大きくため息をついた。
「ああ、またか……。」

一年前、善太郎には非常に慕っている先輩がいた。
やりたいことがあるからと言ってその先輩が退職した後も、
善太郎の面倒を良く見てくれ、いろいろな遊びや集まりに連れて行ってもらった。
善太郎はその先輩のことを全面的に信頼していたし、
先輩も善太郎のことを信頼している。
少なくとも善太郎はそう思っていた。

夏のある日のこと。
善太郎は先輩に呼び出された。大事な話があるという。
大事な話とは、次のようなものだった。

「ここに集まっている奴らは、音楽や舞台などの趣味を持っている人間だ。
しかし力及ばず、プロになるほどの力量は持ち合わせていなかった。
だからみんな今は会社員だったり、フリーターだったりしている。
そこで俺らは、趣味を最高の趣味として高めるために、
究極の素人ギルドを作ることにした。
善太郎、もちろんお前も協力してくれるよな?」

全幅的な信頼を置いている先輩の提案である。
善太郎が断るわけがなかった。
「もちろん、やりますよ。」

先輩の話は続く。
「だが、これを実現するには必然的にある一つの問題が出てくる。
……金だ。
これから、それを解決する手段をお前にも紹介する。」

先輩とともに目的地に向かっている間、善太郎は体中の血が熱く流れるのを感じた。
これが、血がたぎるというものであろうか。
先輩に必要とされていることが、善太郎には何よりも嬉しかったのだ。
しばらくすると、とあるパーティー会場にたどり着いた。

会場には、男がいた。
堂々としていて、貫禄があり、
そして何よりも自信に満ちあふれたオーラを放っていた。
パーティー会場には50人ほどの人間が集まっている。
定刻になると、先ほどの男が講演を始めた。
内容は、流通経済の時代遅れさと、時間の有限さと、夢について。
続いて権利収入の話となり、いつの間にか夢=お金という結論に達し、
みんな一緒に頑張ろうという締めの言葉で講演は終わった。
会場は割れんばかりのシュプレヒコール。

善太郎はあっけに取られた。
おかしい。何かがおかしい。
開始一分で感じる違和感。
ここに居てはいけない、直感がそう告げる。
究極のギルドの話は、いったいどこにいったのか?
頭上に大量の「はてなマーク」が浮かぶ善太郎に気付いたのか、
先輩が声をかけてきた。

そう、これは、つまり、アレだ。

帰宅後、善太郎は部屋にこもって泣いた。
許せなかった。講演の男が。信頼していた先輩の豹変が。自分の不甲斐なさが。
講演の男は、会場にいる人間を明らかに札束としか見ていなかった。
講演後の先輩の目には、感情というものが感じられなかった。
そして恐ろしいことに、もしかしたら先輩も、
善太郎のことを札束としか見ていなかったのかもしれない。
考えれば考えるほど、吐き気がしてきた。あらゆる人に。あらゆる事に。

「もしもし?聞こえてる?」
おどおどした声で同僚が尋ねる。
「ん?ああ。」
自分でもびっくりするくらいの乾いた声で、善太郎は返事をする。
善太郎の脳裏には今、ある言葉が大きく渦巻いている。
ネットワークビジネス。

「でも、俺はやらないよ。」
「え?」

無意識に自分の口から出た言葉に、善太郎ははっとする。
心なしか、電話の向こうでも一瞬ぎくりとしたような気配がした。
明日のお昼に待ち合わせることを決めると、電話は終わった。
時間にして、約5分。
善太郎はもう一度ため息をついた。

今となっては、「究極のギルド」がその後どうなったのかは分からない。
もしかしたら、その理念は本当に存在していて、
今もどこかで運営されているのかもしれない。
先輩は善太郎のことを札束と見ていたのか、
それとも仲間としてみていたのか。

世の中には、知らないことがたくさんある。
そして、知らない方が良いこと、知るべきじゃなかったこともたくさんある。

善太郎はビールを一杯だけ飲み、明日に備えて布団に入った。
願わくば、思い違いであることを祈って。
posted by ジュンヤ at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 存在の証明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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